第174回学振ナイロビセミナーのご案内(2015年8月21日)

更新日:2015/08/18

発表題目:東アフリカ牧畜社会における女性の性器施術実践ー儀礼的暴力をめぐる価値の多元化に着目して

講師:林 愛美 先生(大阪大学大学院 言語文化研究科 博士後期課程・日本学術振興会特別研究員)

日時:2015年8月21日(金) 14:00 ~ 16:00

会場:JSPSナイロビ研究連絡センターセミナー室(※2015年8月13日に事務所が移転しておりますので、新事務所の場所につきましてご注意ください。地図をご参照ください。地図はこちら

要旨:本報告の目的は、ケニアに暮らす牧畜民マサイの社会で通過儀礼として行われてきた女性の性器施術に着目し、この慣習が国際世論の反対や国家による禁止法といった影響を受けてどのように変化しているのかを示すことである。女性の性器施術は、ケニアではマサイだけでなくソマリなどいくつかの民族で取り入れられており、国内全体での実施率は約 27.1%である。2014 年の発表では、この慣習はアフリカを中心とする29か国ほどで実施されており、医療および人権的観点から世界的に変革の取り組みが展開されている。そのため、マサイの性器施術をめぐる取り組みは、暴力をともなう 文化的慣習の今日的なあり方を考察する上で有益な事例となり得るだろう。
マサイはケニア西部からタンザニア北部にかけての比較的降雨に恵まれた地域に居住し、ウシ、ヤギ、ヒツジ牧畜を中心的な生業としながら独自の社会、文化を維持してきた人々である。マサイの人々は年齢を経るごとに抜歯やピアス、焼印、瘢痕装飾など身体に加工を施していく。成人する際には、マサイ語でエムラタ(emurata)と呼ばれる割礼/性器施術が課される。マサイの人々は性器への加工を伴う儀礼を通して子ども時代のけがれをはらい、成人となって生命の再生産に関わるようになる。
しかし、包皮を切除する男性割礼とは異なり、女性の性器施術は神経の通った外性器を切除するというものである。そのため、心身に深刻な弊害を与えることなどから 古くは17 世紀ごろからこの慣習に対する批判があった。初期にはアフリカに入植した宣教師や医師などが衛生的、道徳的理由から性器施術に反対しており、19 世紀後半からの植民地期になると、ケニアでは植民地政府による規制規則が実施された。また、20世紀後半からは女性の人権という観点から国際的に反対の世論が形成され、多くのアフリカ諸国においてこの慣習の規制法が実施されるに至った。そして現在この慣習は、 その弊害を憂慮し、変革を推進する文脈においては女性性器切除(Female Genital Mutilation、以下 FGM)と呼ばれている。ケニアでもこうした動きを受けて FGM の変 革運動が展開され、2001 年の子ども保護法において 18 歳未満の FGM が、2011 年より 全ての女性に対する FGM が禁止された。こうして現在、マサイの成女儀礼におけるエムラタは、国家による FGM 禁止法や反 FGM 運動の文脈が交錯する中にある。そのため、マサイのエムラタに対する介入の実 態と、外部主体の圧力をうけて成女儀礼全体がどのように変化しているのかについての調査が求められる。
報告者は、2012 年よりケニアのリフトヴァレー地域(Rift Valley Province)ナロク郡 (Narok County)ナロク北部(Narok North Constituency)のマサイ居住地域において断 続的なフィールドワークを行ってきた。この地域ではマサイ女性が代表を務める地元 NGO の Tasaru Ntomonok Initiative と国際NGOのWorld Vision が連携してFGM の変革運動に取り組んでいるほか、ケニアのフェミニスト組織 Maendeleo ya Wanawake や地 域の教会が独自の活動を展開している。これらの組織は FGM を受けたくない少女を保護するレスキュー・センターを運営し、また各地の教会、小学校、ラジオ、新聞などを 通じた啓発活動によって FGM の弊害や FGM 禁止法を周知する活動を展開している。さらには、性器施術を伴わない通過儀礼(代替通過儀礼)を実施するなどしており、成女儀礼に積極的な変化をもたらそうとしていると言える。フィールドワークでは、こうした FGM 変革運動の調査とあわせて、マサイの女性に対する成女儀礼経験についての聞き取り調査も行った。
本報告では、FGM 変革運動とマサイ女性の儀礼経験という双方の文脈から検討することで、マサイの女性たちが今日、国際世論や国家の法律といった文脈が絡むエムラタという慣習をどのように実践しているのかを考察する。

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今回は、大阪大学大学院言語文化研究科博士後期課程(日本学術振興会特別研究員)の林愛美氏をお招きします。今回の報告の目的は、ケニアに暮らす牧畜民マサイの社会で通過儀礼として行われてきた女性の性器切除に着目し、この慣習が国際世論の反対や国家による禁止法といった影響を受けてどのように変化しているのかを示すことにあります。刺激的でかつ貴重な報告となりますので、多数の参加をお待ちしております。

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