ジャム!

更新日:2011/12/18

ナイロビ名物といえばjam。jamといってもイチゴやリンゴやスモモのあれではなく、交通渋滞(traffic jam)のこと。アフリカの他の都市でも似たような状況かもしれないが、ナイロビは東アフリカ随一の大都市とあって、ひどいときにはほんとうにひどい。

ランチタイム前後、金曜日、雨の日、月末の給料日直後などは、渋滞がひどくなる傾向がある。こちらの勤め人は、週末はきっちり休み、家族と過ごすのが通例。たいていの人は金曜日は早じまいしていそいそと家路に着く。ゆえに夕方4時前から渋滞が始まる。給料日前にはお出かけせずに家族とおとなしくしているが、給料日がくるとショッピングや外食や知人・友人・親族宅の訪問に繰り出す。そうなるとたいへんだ。たとえば、当センター事務所から拙宅までの帰路は、ふだん自動車で30分とかからないが、経験した最長記録では2時間半に及んだ。その日は雨、給料日、そしてハロウィン(10月31日)という要因が重なっていた。

当センターは、調査歴20-30年のベテラン研究者の来訪も受ける。かれらの話では、渋滞がここまでひどくなったのはここ15年ほどのこと。その背景にはいろいろなものがありそうだ。私も、ちょうど10年ほど前、大学院生の時期に1週間ほどナイロビを訪れたことがある。渋滞に関する記憶はないが、そのころの街中ではいまよりもずっとボロいヨーロッパ産の中古車などが街中を走っていたような印象がある。ところがいまは、全体的にみな状態のいい車に乗っている。日本車も人気だ。これには輸入規制の登場が関係している。近年、ケニア政府は「初度登録年から8年以上が経過した中古車」の輸入を禁止した。20−30年以上は乗っているだろうと思われるような中古車はこれからますます消えていくだろう。

また、これも聞いた話だが、以前はいい車に乗っている人びとは政府高官、国会議員、国際機関・NGOの職員などが中心だったという。しかし現在は、ナイロビの給与所得者(新興中産階層)が新車や状態のよい中古車の購入層となっているようだ。かれらは「ローン」と呼ぶが、期首に各月の給与を1年分前借りし、まとまった現金を手に入れる。たとえば給料が5万シリングなら、毎月2万ずつの返済プランを立てて24万シリングを「ローン」として前借りできる。そのほか、知人やいろいろなところに借金をして、車を手に入れる(ディーラーにもローンを組んでもらって購入しているのだろうか)。新興中産階層の可処分所得は貯蓄よりもこうした財の入手(消費)に回されるようだ。

こうして以前に比べていい車が目につくようになり、保有台数の増加にともなって交通量もかなり増えているわけだが、交通インフラがそれに対応しきれていない。分岐点とイギリス式のラウンドアバウト、そして道路工事は渋滞の最大の原因。日本にいるとときに煩わしく思える交通信号も、信号のほとんどないここにいるとその重要性が再確認される。貨物がメインの鉄道は、通勤列車が出ていないわけではないが、1日の本数はわずかで、しかも新興中産階層は利用しないのでマイカー通勤を減じることにはまったく貢献していない。いったん渋滞がひどくなると、のろのろ運転すらできる状態ではない。そうすると無理な追い越しをしようとする車が出てきて、そのせいで事故が起き、さらに渋滞がひどくなるといった悪循環が生じることもしばしば。

悪いことだらけの渋滞だが、考えようによっては渋滞から得るものもあるかもしれない。たとえば、ナイロビ在住の欧米人・日本人には、ケニアやケニア人のやり方に対して溜め込んだ愚痴を話す人が少なくない。おもしろおかしいepisodeや参考になる話ならいいが、私自身はけっこう楽しく暮らしているのであまり本気の愚痴は聞きたくない。そんなとき、話題をさっと雨・渋滞・停電の三位一体(これについてはまた別に書く)に対する愚痴にすり替える。ある種の渋滞の社会的効用だ。私の友人のウガンダ出身の青年は、ナイロビで知り合った若い女性たちを食事や散歩などに電話で誘おうとしていたが、うち何回かは「渋滞で(行きたいんだけど)行けない」と断られていた。こう言えば誰も悪くない。これまた渋滞の社会的効用。

いっそのこと、ひどく重い渋滞が起こっているなかを移動するのであれば、車内会議などしながら移動という手もありだろう。これは前人未到の渋滞の社会的利用。私自身はどうしているかといえば、お雇いの運転手とのおしゃべりだ。おそらく、わが事務所のほかのどの現地職員よりも、私はこの運転手のことをよく知っている。かれ自身のことだけではなく、ナイロビに暮らす30歳代後半のケニア人男性のひとつの姿がそこからわかってくる。渋滞のおかげだ。

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